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撃ち抜けないのは、美女の心と物事の急所だけさ。
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<前回までのあらすじ>

→つくば100キロウォーク2012 その1
→つくば100キロウォーク2012 その2
→つくば100キロウォーク2012 その3
→つくば100キロウォーク2012 その4
→つくば100キロウォーク2012 その5
→つくば100キロウォーク2012 その6
→つくば100キロウォーク2012 その7


最後の13km。

最後の休憩所である87km藤沢休憩所を出た一行は、
またそれぞれのペースで歩き始めた。

moonさん、あららちん、カービィさん、
Akiさん、にゃごちゃん、ぐらくまさん、そして自分の7人。

時刻は9時をとうに過ぎていた。

タイムリミットまでは4時間弱しかないけれど、
でも、まだ焦る時間じゃない。

藤沢休憩所を出発するとき、拍手で送り出してくれたmoonさんの御家族や
休憩中の他の参加者、運営スタッフの気持ちが嬉しかった。

その気持ちに答えるかのように、
7人は歩きながら、しかし振り返らずに拳を高く突き上げた。

そういや、去年もmoonさんの気持ちに応えようとして、
その気持ちをちゃんと受け取ったことを伝えようとして、
同じように拳を高く突き上げたことを思い出していた。

moonさんから預ったこの気持ち、
ちゃんとゴールまで一緒に連れて歩きますからね、と誓ったあのとき。

あれはね、今だから言えるし分かると思うんだけど、
『ONE PIECE』の一場面をイメージしてた。

アラバスタ編。

救国の英雄が海賊であることが知られるとまずいので、
島から逃げるように脱出した麦わら海賊団。

しかし、それでも苦楽を共にした女王ビビに対しては
離れていても自分達は仲間だとちゃんと伝えるために、
腕に描いた「仲間」の証を掲げて見せる、あの場面。



あのときのmoonさんに掛ける言葉なんて見あたらなかったし、
今でも何て答えれば良かったのか、何が正解だったかなんてわからない。

でも、あの突き上げた拳の意味を知っているなら
きっと言葉なんていらなかったし、
この想いは伝わったはずだと思いながら去年は歩いた。

だから歩き切れた。

ところが後から聞いたらね、
その当時はまだmoonさん『ONE PIECE』知らないでやんの。

彼が『ONE PIECE』にハマり始めたのは、
2012年の5月から、2012年大会の直前だった。

今ではフィギュアまで集めるようになったmoonさんとは、
あのシーン最高なのにー!って打ち上げのとき笑いながら話したっけ。

でもそのとき、想いはしっかり伝わったと言ってくれたから
結果オーライだったのだけど。嬉しかったな。

そういう意味では今年、『ONE PIECE』にドハマりしている
moonさんは一味違った。

歩きながら「いいか、左だぞ!」って言った瞬間に分かった。
麦わら海賊団が突き上げたのは左拳だったから。

今日も朝早くから起きて応援にかけつけてくれた御家族も、
100kmを目指し、既にここまで歩いてきた猛者たちも、
一晩寝ずにその猛者たちを支援しつづけた運営スタッフも、
今はいっとき離れていても、どいつもこいつも目的を共にする同士だ。

最後の13km、それじゃうちら行ってくるね、と、
そんな想いを、感謝の気持ちを、この左拳に込めて突き上げた。



100kmウォークの写真はどれも見るたびに泣けてくるんだけど、
この写真はそのときの想い、記憶が蘇ってくる珠玉の1枚だと思ってるよ。


歩き始めてしばらくすると7人は再びバラけだし、
Akiさん、にゃごちゃん、ぐらくまさんの3人と、
moonさん、あららちん、カービィさん、自分の4人とで
また別れて歩くようになってきていた。

この段階になるとペースを調整しながら歩く余裕もなくなっていたし、
もちろん会話もほとんどなかった。

唯一できるのは、自分が歩くペースと近い人を見つけ、
その人に置いていかれないように
ただただこの目の前の1歩、1歩の足を踏み出すだけだ。

太ももとふくらはぎの筋肉は疲労で硬直し熱を持ち、
歩くたびに膝と股関節、擦れたケツ皮が悲鳴を上げる。

太陽光で熱くなっているりんりんロードの道を踏みしめる度に
小指の外側にできた水ぶくれや足裏に鋭い痛みが走り、
容赦なく照り付ける日差しのせいで
鼻の頭や頬、腕の外側が日に焼け、ヒリヒリする。

歩く度に振り続け、その遠心力によって体内の水分が偏ってできる
手指のむくみも気持ち悪かった。

忘れかけていた身体の痛み、ゆがみ、
あれほど入念に、丁寧に準備してきたつもりだったのに
ああそういやそうだったと思い出す。

これも、あと一息の辛抱だ。
早くこの地獄から解放されて、横になって眠りたい。

キンッキンに冷えたビールを喉に流し込みたい。


歩きだしてすぐだったか、歩き始める前だったか、
moonさんから残り13kmを2回に分けて歩こうと提案があった。

最後の区間は、真夜中に歩いてきた 60km → 73km の13kmを、
今度は藤沢休憩所から筑波休憩所に向かって逆方向に歩く。

ただでさえ通常よりも3km長いこの区間、歩き始めの頃ならいざ知らず、
今の状態で一気に歩ききるのは確かに厳しい。

当初ゴールとして設定していた69km地点の陸橋は
ここからであれば91km地点にあたる訳で、
それ以外にも数キロおきに陸橋があったのを憶えていた。

だからこそ、日陰で休憩のとれる
どこかの陸橋で休憩をはさんでいこうって話だった。

もちろん異論はない。
体力に不安のある自分にはむしろありがたい提案と言えた。


昨日よりもいっそう暑く激しく照り付ける日差しは
容赦なく4人の気力、体力を奪い去っていった。

「土浦から●km」という標識を探しながら
何かの拍子でその標識が突然3kmぐらい進んでねーかな、
気が付いたらもうなんとなくゴール前に
着いたり歩けてたりしてねーかなってことばかり考えていた。

歩けば、進む。
進めば、終わる。

幸いなことに時間はまだ充分に残っていた。
歩いていれば、いつか必ずここから解放される。

その事実だけが痛む身体を動かしていた。


87km藤沢休憩所を出発してから、もうどれくらいの時間が過ぎただろう、
もうずいぶんと歩いてきた気がしていた。

69km地点の、今でいうところの91km地点の陸橋はとうに越えた。

深夜に4人で手を繋いで通り過ぎたときとは違って、
昼の光に照らされた陸橋は清々しいくらなんてことのない陸橋だった。

もう、この場所に置き忘れてきたものはない。
だからもう、ここに戻ってくることもない。

寂しいような、嬉しいような
なんとも言えない複雑な感情ではあったけれど、
それは小さな達成感といえるものだった。

1年かかってしまったけれど、手に入れた。
もう今は振り返らない。次は今年のゴールが待ってる。

4人で話した記憶が確かなら、
そろそろ次の陸橋があってもいいはずだった。

そこで一端休憩を取る。
そしたら、本当に最後、残るはたったの数キロだ。

もう6kmは確実に歩いていた。
でも、どこまで行っても陸橋らしいものが見えてこない。

昨晩、60km筑波休憩所を出てからしばらく行ったところに
なんか気味の悪い落書きのある陸橋があったのは覚えていた。

そして、そこからまたさらに歩いた先に、
目的としていたその陸橋はあったはずだった。

そのときは距離を意識しながら歩いていた訳ではないけれど、
いくつかの陸橋が連続してあって
その先に69kmの陸橋があったような気がしていたから
まさかここまで歩かなきゃならないとは思っていなかった。

まだかよ、マジかよと思いながらも
ここで立ち止まる訳にはいかない。

歩かなきゃ。

しばらくして小田城跡付近に差し掛かると、
真っ直ぐだったはずの道が何かの工事で塞がれており、
沼のほとりをぐるっと回る様な迂回路がある場所に出た。

そういやこんな場所もあったっけ。

その迂回路はせいぜい数100m程度のものだったけれど、
こいつがあるせいでJUST100kmウォークが
140kmウォークくらいになっている気分だった。

最初はスタート直後の20km、市街地から戻ってくるとき。
次は深夜、60km筑波休憩所から73km筑波藤沢休憩所に向かうとき。
そして、今。

24時間に3度も迂回させられてるんだぞおい。

ここまで歩いてくると、たとえそれが僅かな距離であったとしても
自分が遠回りをさせられてることに尋常じゃないくらいの殺意が湧いてくる。

工事案内看板があったら蹴り飛ばしてやりたい。
でも悔しいかな、足も満足に上がらないんだろうな。

その時分には日もずいぶんと高くなっていたので、
りんりんロードには100kmウォークの参加者だけでなく、
自転車に乗ってりんりんロードを走る一般の方々、
いわゆるロードレーサーの方々とすれ違うことが多くなってきていた。

そのとき、後方からロードレーサーの方が近づいてくるのが見えて、
4人は道の内側、斜面の方に寄ってその自転車をやり過ごした。

その間、ほんの数秒だったと思う。

次の瞬間、気が付いたら、
あららちんが四つ葉のクローバーを手に持っていた。

しかも2本、いや3本だったかな。

「見つけたー♪」

ここに来るまでにも、あららちんは
四つ葉のクローバーを探すのが得意だって話をしてて、
休憩所に着くたびに探し出しては、皆に配ってくれていた。

自分もお守りがわりに、といって譲り受けたクローバーを
首から下げたICカードケースの中に挟んであった。

でも、いくらなんでも凄すぎないか。

四つ葉のクローバーって何だかんだ言ってもしゃがんだり、
四つん這いになったりしながら時間をかけて探すイメージがあったのに、
彼女は歩きながらだろうがなんだろうが、
その超高性能センサーでもって瞬時に探し出すことができるようだ。

もし四つ葉のクローバーが他のクローバーと違う色をしていたとしても
自分にはこのスピードで探すことができないだろうなと思う。

複数のターボエンジンを搭載しているだけでなく、
高性能のレーダーまで備わってるのか、この人は。

そんなことを考えていたら、
いつの間にか遠回りさせられ怒り狂っていたことがばかばかしく、
どうでもいいと感じている自分に気がついた。

菩薩か。これが悟りを開いた者の力か。

すげーな、あららちん。
そしてすげーな、四つ葉のクローバー。

戦場では是非ともお伴させてくださいと思った。
でも、正直もう四つ葉のクローバーは荷物になるからいらなかった。


そこからさらに歩くと、近くにお寺でもあるのか、
ちょうどいい塩梅の竹藪が両側に生い茂っている場所に出た。

木陰にもなっていて、少し涼めそうだったけれど、
でも、そこは道が狭くボコボコで、
座ったら一生そこから動けないような気がした。

でも、さすがに座りたい。
もー限界。

ちらりとmoonさんを見たけど、
moonさんもかなり辛そうだった。

でもここで自分が何かを言ってペースを崩したくはないし、
さんざん付き合って貰った自分がここで弱音を吐く訳にはいかない。
もう少し頑張ることにする。

さらにしばらく歩く。

その間、moonさんとあららちんは気分転換にと小声で何かを歌ったり
ラジオ体操の効能について語り合ったりしていた。

あー・・・その場ジャンプとかもう120%無理です。

カービィさんは3人の少し前を歩いていた。

その後ろ姿を見ながら、ちょっとだけ懐かしい気分になった。
そういや去年も雨の中でこんな風に歩いてたっけ。

でもさ、これ記憶の風化分を差し引いたとしても、
間違いなく去年より辛いよね。

これなら雨が降ってくれていた方がまだマシだったよね。

足の状態はまだ良好だけど、それだけだ。
それ以外は全部辛い。

去年のこの時間はずぶ濡れで、赤いポンチョを羽織りながら
その中で寒くて寒くて震えながら歩いていたのに、
今年はもう暑くて暑くて死にそうになりながら歩いている。

「北風と太陽」の話は本当だった。
旅人にとっては、太陽の方がよっぽど性質が悪い。

ねぇカービィさんそう思いませんか、
そんな風に背中にむかってずっと話しかけてた。

声も出さずに。

曲がり角を曲がるたびにほのかな期待を抱きながら陸橋を探し、
景色が開けた瞬間の目の前の見渡す限りの直線に絶望し、
そしてまた曲がり角があると期待する、そんな時間を繰り返すうち、
moonさんからとうとう泣きが入った。

「もー無理!こうなったらもうどっかの木陰で休もうぜ」

その言葉、待ってました。


りんりんロードの脇には
街路樹とも呼べないような小さな樹が植わっていて、
空高く昇った日差しを通して小さな木陰ができていた。

4人でひとつの木陰に座るのは無理なので、
moonさんとあららちんが奥の、
カービィさんと自分が手前の木陰に分かれて座り込む。

靴を脱ぎ、足を放りだす。
重力から解放された足がだらしなく伸びた。

そのときカービィさんとどんな会話をしたのかよく覚えていないのだけど、
「ごめんな桶さん、こっちで大丈夫か」と気にかけてくれたのは覚えてる。

今年、moonさんの完歩を誰よりも強く願っていることを知っていたから、
少しでも涼しい場所で休息をとれるよう、
影の濃い方をmoonさんたちに譲ったことを気にしているようだ。

ここまで来てよく気が付くよなぁって思った。

「大丈夫です」と答え、moonさんたちの方を見ながら、
この時間ならまだ間に会いますね、今年はゴールできますねってことと、
これ去年より今年の方が絶対に辛いですよね、ってことを話した。

彼も同じ意見だった。
去年より、今年の方が辛いと話していた。

でも話しながら「ああ、今年でやっと終われるな」って思った。


ここから先は、また気が遠くなるくらい長かった。

まるでフィットネスジムのロードランナーの上で走ってるような、
動く歩道と同じスピードで逆走しているかのような、
いつまでいつまでも同じ景色ばかりが続き
自分が一向に移動していないような感覚だった。

歩きだしてすぐの頃は
それこそ飛ぶように距離表示の標識が通り過ぎていったのだけど、
今では歩いても歩いても歩いても歩いても歩いても歩いても
ちっとも次の標識は見えてこない。

足は相変わらず痛い。
1歩踏み出すごとに激痛が走るようになってきていた。

でも、この歩みを止めたらいつまでもこの地獄から解放されない。
この1歩はゴールに繋がっている。

歩きだしてすぐ、陸橋が見えた。
なんだよ、あともう少しだったんじゃないか。

陸橋を抜けながら、ふと昨晩
「漫画の世界に行けたとしたら、誰を抱きたいか」
みたいな話を4人でしたことを思い出した。

あとのときは「きまぐれオレンジロード」の
鮎川まどか以外にいないと思えたけれど、今は違う。

「ドラゴンボール」のカリン様にもふもふ抱かれたい。

腹も減った、足も痛い。
しかしカリン様は「仙豆」を持ってる。

仙豆は空腹を満たし、外傷的な傷をすっかり癒してくれる魔法の豆。
今の自分の身体を、歩きだす前の状態に戻してくれる夢の豆。

これ以上の魅力ってなくね?

この際猫だろうがなんだろうが、
この地獄から救い出してくれるなら構うものか。

残りは何キロだろう。
10kmはない、5kmも切っているはずだ。

5kmだって、たったの5km。
ちょっと朝起きて、少し長めに散歩してくるって距離。

それがなんでこんなに絶望的に思えるんだろう。

きっと、仙豆が食えればどってことない距離なんだろう。
ああ仙豆が食いたい。でも食えるならもっと早く食いたかったなぁ・・・

歩きながら、本当にくだらないことばかりを考えていた。


それぞれが黙ったまま、ただただ歩みを進める。

徐々に、左手に国道、右手に田んぼが見えてきた。
見覚えのある景色に、心がざわつく。

近づいてきた。
絶望的にすら思えたあの距離を、この足で縮めた。

「土浦から17km」って標識が見えた。

残り、3km。


4人で歩いているといっても常に4人が並んでいる訳ではなくて、
基本はバラバラ、それぞれがそれぞれのペースを維持しながら、
どこかで誰かに合わせて調整するような感じで歩いていた。

立ち止まるのもおっくうだったし、
立ち止まったあとに再び歩き出すのも難しいと感じていた。

もう他の誰かとペースを合わせる余裕なんてなかった。

ここで一度止まったら、もう二度と歩けない。

コースの脇に自販機が見え、
そこでmoonさんがコーラを買って4人で回し飲みをした。

しばらく離れて歩いていた4人だったけれど、
そのときだけは集まった。冷たく冷えたコーラが最高に美味かった。

また歩きはじめる。
隣にはmoonさんが歩いていて、何かを口ずさんでるのが聞こえた。

きっと中島みゆきの曲なんだろうとは思ったけど、
口を開くのもおっくうで、一緒に歌うなんて考えれない状態だった。

半ば意図的に聴覚をシャットダウンするような感じで歩いた。
幸いにもそのメロディーと歌詞は頭の中には入ってこなかった。

もう歩きたくない。
でも歩かなきゃ。

気持ちを切らすな、前を向け。
もう、ゴールの瞬間のことだけを考えろ。

もう誰のペースにも合わせることはできない。
そんな余裕はない。

よし、それなら先に行って、ゴール前で待ってよう。
そこでmoonさんたちと合流して、最後の瞬間を迎えよう。

だってもう無理だし。少しでも早くゴール前に行かなくちゃ、
もしここで置いていかれたら、もう間違いなく追いつけない。

立ち止まってしまったら、たぶん終わり。
もうこのエンジンは点火できねーぞ。

折れる寸前の気持ちを盛り上げようと、
自分も音楽を聴くことにした。

何を聴こうか迷ったけれど、時間を忘れられるような内容がいいと思って
『伊集院光 深夜の馬鹿力』を聴くことにした。

2時間番組。
この日のために何週も録り溜めたものだ。

いつまでも終わらないと思っていた100kmウォークだったけれど、
これを聴き終わる頃にはもう終わってると思うと少しだけ気が紛れた。

大好きな伊集院光の声がイヤホンから流れる。

タイトルコールからフリートークが始まり、
しばらくすると曲が流れ始めたので停止ボタンを押す。

再び自分の荒い呼吸と引きずるような足音だけが聴こえてきた。
あまり進んでいなかった。

気にいらない曲はカットしておくんだった。
ついでにCMも。

どうせ曲が流れるなら普通の曲に切り替えよう。
残りは3km。1曲を5分で換算したら、何曲聴けば終わるんだ?


残り2km。

なんとか足を前に出している状態だった。

暑さで意識が朦朧としてきた。
絶対去年より辛い・・・去年は寒くて震えてたのに、汗が止まらない。

塩分と水分をくれ。さっきのコーラ、美味しかったな。
止まるな、歩け、止まるな、歩け。

限界はとうに超えていた。
限界の限界もとっくのとうに超えていた。

普段の自分なら、なんてことなく歩ける距離だ。
だから、今の自分でも歩けないってことはないはずなんだ。

足が痛えなぁ・・・2kmってこんなに長かったっけ。

ケツが痛えなぁ・・・汗だかリンパ液だか知らないけど、
トランクスがケツにぴったり張り付いて気持ちが悪いったらないわ。

風呂に入ったら死ぬほど沁みるんだろうな。
ああ、オレはもう一生湯船に浸かれない身体になってしまったかも。

心頭滅却すれば火もまた涼しいなんてのも嘘だな、
普段にも増して太陽の奴が張り切りやがって、くっそ暑い。

1kmって何km?

本当はあと何kmなんだろう。
あと何時間、あと何分、こうやって足を前に出し続けたら終わるの?

もう充分歩いてきた気がするよ。

あと何分?何秒数えたら終わる?

とりあえず100まで数えてみる?
それいーち、にーい、さーん・・・きゅうじゅうきゅう、ひゃーく、まだ?

もう一回いっとく?

もう自分を誤魔化せるなら何だってよかった。
本音を言えば、この瞬間に意識を失ってぶっ倒れて、そのまま眠りたかった。


残り1km。

憶えてる、と思った。
ここを通ったのはもう何時間前になるんだろう、19時間か、20時間か。

あれほど遠くに見えていた筑波山がすぐ近くにあった。
その麓に、見憶えのある建物が見えた。

両脇には新緑の街路樹がひっきりなしに植えられており、
なだらかに、しかし大きく左に曲がっていく道の先は全く見えなかったけど、
この景色はずっと思い焦がれていたそれと同じだった。

両脇の白い柵が懐かしい。

確かに通った。
ここは、ゴールに続く道だ。

歩いて来た。

今年もまた、ここまで歩いて来た。

カーブの手前あたりで、
誰かが道の脇に立っているのが見えた。

最初は運営スタッフかなと思った。
去年もこの場所で手を叩きながら迎えてくれたスタッフがいた。

1年前、この場所でその姿を見たとき、
言葉にならない嬉しさが突然襲ってきて涙が止まらなくなった。

声を出さないまま、雨の中で泣いた。

涙はゴールに行くまでに必死になって抑えたのだけど、
あの姿を見たとき、果てしなく長かった物語のエディングを、
フィナーレをやっと迎えられたような気がした。

無性に自分が誇らしく思え、
寒さに震え、むくんだこの手で何かを掴んだ気がした。

立っていた誰かが大きく手を振り、大きな声を出しているのが見える。

フラッシュバックした光景と重なり、
その姿が、景色が、にじんだ。

やっぱ100kmだなぁ・・・これが100kmなのかなぁ・・・

見知った顔だ。運営スタッフじゃない。

去年、一緒にこの道を歩いてくれたベティさんと、
昨日からずっと応援にしてくれていたmoonさんの長女ちゃんだった。

次女ちゃんがその向こうから駆けてくるのが見えた。

おまえらの親父、ここまで来るのに1年かかったぜ。

お待たせ。
もうすぐだよ、今年でやっと終わるよ。

去年の5月、一人で100kmのゴールラインをまたいだ。

6月、浅草で再びこのメンバーと出会ったとき、
カラオケボックスの履歴はさだまさしの「関白宣言」で埋まった。

ものすごい勢いで勧誘されたマラソン、訳も分からぬまま
10月にハーフマラソン、11月にフルマラソンを走った。

年が明け、1月にチームでリレーマラソンを走った。
2月には東京マラソンを走るmoonさんの応援に行った。

4月、つくばでサッカーをするために集まったのに、
何故かそのまま1泊して、翌日結構な距離を歩いた。

moonさんはそこで大事な結婚指輪を落として
奥さんにめっちゃ怒られてた。

その翌週、再びつくばに集まって、
今度はみんなで練習会をした。その日は雨が降っていた。

いつもどこかで100kmのことばかり考えていた。
恋焦がれる人の帰りを一途に待ち続ける嘘くさい演歌の様に、
それが欲しくて欲しくてたまらない中毒患者のように。

気が付いたらもう1年が過ぎていた。
ようやく終わる。

昨年、初めて挑戦した100kmは何もかもが未知の世界で、
ただただ無謀な、でも壮大な何かに挑戦するような感覚だった。

でもその経験は、自信は、
間違いなく自分の世界を広げてくれた。

だから今年は、その100kmのキッカケを作ってくれたmoonさんへの恩返し。
彼がゴールするまで、この100kmは終われない。

後ろから声を掛けられ振り向くと、
moonさん、あららちん、カービィさんがすぐ傍にいた。

もうゴールが近い。
4人は当たり前のように手を繋いだ。

それが最も自然なことのように思えたし、そうすること以外は頭になかった。
なぜなら、この瞬間を共にするためだけに、ここまで歩いてきたのだから。

ベティさん、長女ちゃん、次女ちゃんと少し言葉を交わしたあと
また再び歩き出した。

それぞれが胸に抱いたこの想いに、
決着をつけなきゃ。

あと少しだ。



ゆっくりと、しかし大きなカーブを描く道の先はまだ見えない。
ゴールはもう目と鼻の先だ。

最後の気力を振り絞る。

道の先から、黒い弾丸のような小さな塊がものすごい勢いで
こっちに向かってきているのが見えた。



みゆきさんだ。

同じ100kmを歩いてきたとは思えないような軽やかな足取りで、
そして猛烈な勢いで走って近づいてきている。

視線はまっすぐmoonさんの方を向いている。
めっちゃ笑顔だ。

ああこれはロックオンされてる。
間違いなくされてる。

そして、この数秒後に訪れるであろう光景と、
それにともなう衝撃と、その衝撃を受け止めるべき足腰の状態を踏まえて
かなり実現性の高い、しかし絶望的な予測映像が頭の中で出来あがる。

あ、これ無理なやつ・・・
止めようにも、咄嗟に声を出すことができない。

「みゆきっ駄目、飛ぶなっ!」

誰かが叫んだ。



みゆきさんは、もう抱きつく寸前、moonさんの胸に飛び込む直前で
その動きをピタリと止めた。

その光景は、風の谷のナウシカでいうところの王蟲の群を彷彿させた。
正直、救われたと思った。

動きを止めたみゆきさんの目には、涙が溢れていた。

今、(過失ではあるものの)完全にmoonさんの息の根を止めにきてたけど、
みゆきさんんもずっと待っててくれたんだと思った。

一緒に手を繋ごう、と誰かが声をかけた。
もちろんだ、と思った。

みゆきさんは一番近くにいた自分と手を繋ごうとする。
でも、ふと何を思ったのか

「駄目!かもちゃん(嫁)がいるから桶さんとは手を繋げないの!」

と変な気の使い方をして、カービィさんがいる側に駆けて行った。

若干複雑な、というか残念な気持ちではあったけれど、
でも、今年は彼女がカービィさんの隣にいるのが一番相応しいと思った。


手を繋いだまま、今度は5人で歩く。




さらに歩くと、
かのかが道で待っていてくれた。

手を差し出す。
一緒にゴールしようぜ、と。

6人出歩きだす。



再びみんなの顔を見れたことで、
張り詰めていた気持ちが少しずつほぐれていくような気持ちだった。

一番右側を歩いているカービィさんの鼻をすする音が聞こえる。
泣かないって言ってたけど、絶対泣くと思ってた。

すぐ隣であららちんの嗚咽が聞こえる。
初めて彼女が泣いているのを見た。

moonさんは真っ直ぐ前を向いて歩いてる。
でも、その眼には涙がいっぱいに溜まっていた。


「手を繋げ!顔をあげろ!胸を張れ!!

オレ達はやったぞ、やったんだぞ!
ここまで歩いてきぞぉぉぉぉぉっ!!」


moonさんが叫んでいた。

もうすぐだ。

歩き出して以来、何度も何度も思い描き、
想像していたあの瞬間が、もうすぐ訪れる。

思い描いていたその瞬間にはいつも妙にセンチメンタルな甘さがあり、
思わず顔を赤らめてしまいそうになるけれど、
同時に何か大事なものが過ぎ去っていっていってしまうような、
そんな喪失感に近い感情もまた同時にあった。

これで、最後。
心地よいぐらいの解放感につつまれる。

もう、歩かなくていいんだ、考えなくてもいいんだと思った。

もうすぐ、終わる。
長かった100kmが、あの1年が、もうすぐ終わる。

さようなら、俺の100kmウォーク。

ゴールの近くなったらみんなで歌おうぜと話していた
ゆずの「栄光の架橋」。

moonさんが、小さな声で歌い出す。
あららちんがそれに合わせる。


誰にも見せない泪があった
人知れず流した泪があった

決して平らな道ではなかった
けれど確かに歩んで来た道だ

あの時想い描いた夢の途中に今も
何度も何度もあきらめかけた夢の途中

いくつもの日々を越えて 辿り着いた今がある
だからもう迷わずに進めばいい
栄光の架橋へと



歌おうにも、言葉にならなかった。
自分も、いつの間にか声にならない涙を流していた。


大きなカーブを抜ける。
白いポールがあり、その先に100kmウォークののぼりが見える。

赤いシャツが道の両脇に立っているのが見えた。

今日応援に駆けつけてくれた人、
先にゴールしたにも関わらず、自分らの到着を待っててくれた人。

大会の前、ゴールの時間は人それぞれになると思うから、
先に着いた人から順次打ち上げ会場に移動しておくって話だったのだけど、
こうやって待っててくれたのかと思ったら再び胸が熱くなる。



歩こう。

赤いゴールゲートが見える。
あと数メートル、すぐそこに、ゴールがある。



moonさんが叫ぶ。

胸を張れっ!

自分を誇れぇっ!

胸を張ってゴールすんぞぉおおおおっ!!





最終的なタイムは23時間04分50秒。
時刻は正午をまわっていた。

でも、もう時間なんてどうでもよかった。

皆の祝福が、長かった挑戦の終わりを告げていた。

長かった。本っ当に長かった。

終わったよ。
やっと終わった。

moonさんが「ありがとう」と手を差し出してきた。
くしゃくしゃな笑顔で強く握り返す。

まぁ感謝してくださいよ、こちとらもう大変だったんですからね。
やっとやっと、報われた想いですよ。

そんな強がりすらもう言えなかった。
ただただ、感謝の気持ちだけが湧いてきた。

半分は自分のためですから、
自身で決着をつけるために歩いただけなんですから、
そんなに恐縮しないで。感謝しないで。

こちらこそ、ありがとう、と言いたいんです。




こうして、長かった100kmウォークの物語は幕を閉じた。

こんなに長くなるとは思ってなかったな。
最後まで付き合ってくれて、本当にありがとう。

最後になってしまったけれど、
当日一緒に参加してくれた方、沿道で、Web上で応援し励ましてくれた方、
メールくれた方、電話してくれた方、厳しい言葉をいただいた方、
その後もこのブログを訪れ、長々とお付き合いいただいた方、
そして歩くため、書くために貴重な休祝日の時間を捧げてくれた家族へ、
最大級の感謝を込めて。

本当に、本当にありがとうございました。
















おわり


2012年つくば100kmウォーク大会 記録

スタート   13時01分48秒
20km 地点 16時32分50秒(03時間32分50秒)
40km 地点 20時35分43秒(07時間35分43秒) 
60km 地点 01時05分47秒(12時間05分47秒) 
80km 地点 06時22分57秒(17時間22分57秒)
100kmゴール  12時04分50秒(23時間04分50秒)


→2012つくば100キロウォーク大会歩行記 まとめへ

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プロフィール

HN:桶屋が儲かる

多感な青春時代に
伊集院光を聞き育つ。

撃ち抜けないのは美女の心と物事の急所だけさ。

since 2012.6.21
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